会長あいさつ 05-06年度 福島RC会長 大沼 健次会長
大沼会長  大変過ごしやすい日々になりました。朝晩は、逆に寒いくらいですので体調にはお気をつけください。
 さて昨日、県北第一区の会長・幹事会が開催されましたので、ご報告申しあげます。
@はじめに各クラブ近況報告があり、会員増強は県北第一区で 入会20名、退会11名で9名の純増となっています。
A次年度ガバナー補佐については、パストガバナー補佐、指名委員により福島南RC朝倉俊一氏に決定、次々年度ガバナー補佐は、福島西RCから選出とのこと。
BI.Mにかわる学遊会の検討をしましたがホストは、当クラブ開催は来年4月を予定、詳細については次回までに。
Cその他、各行事予定の発表となりその中で、1月4日の合同新年会は、ビューホテルとなりホストは、福島中央RCとなりますので、ご注意願います。
 本日は、職業奉仕月間の第二弾として、福島21RC会員でありあづま脳神経外科病院理事長の辺 龍秀様をお招きいたしました。また佐々木会長はじめ大勢のメイキャップをいただき、大変ありがとうございました。
 私自身は、商事会社ですので身体に関する医学的なことはお医者様のことはまるのみですので、よろしくお願いいたします。

お客様および来訪ロータリアン  
・ゲストスピーカー あづま脳神経外科病院理事長・院長 辺 龍秀様
・ビジター 福島21RC(佐々木 廣充会長、阿部 正美幹事、佐藤 信博様、粕谷 悦功様、本多 修二様、
佐久間 修様、若穂井 四平様、大波 紀仁様、木村 幸二様、辻 克己様)
・福島北RC 鈴木 典夫様
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『理想的ロータリー・クラブの条件』 ロータリー情報委員会委員長 阿久津 肇パストガバナー
阿久津PG
 ロータリー情報委員会より今日、皆様にお配りしているコピーについて説明致します。  最近「福島ロータリー・クラブは元気がない」と他のクラブのロータリアンから言われることがあります。確かに「会員数の減少」「出席率の低下」「地区の公式行事への参加者の寡少」など気になることがありますが、それだけでない目に見えない何かがあるのではないかと思うのであります。  福島クラブは創立54年にも及ぶ歴史と伝統のあるクラブですので、何かと注目される立場にありますが一度「クラブの現況」そして「クラブの活性化」について一人ひとりが考えなければならないと思うのであります。  2004年11月のRI理事会では、クラブ・リーダーシップ・プランCLPの推進が決定されました。地区リーダーシップ・プランDLPの延長であるこのプランは、ロータリーの継続性や情報伝達そしてクラブの簡素化や機能的な活動のためには大変重要なものと思われます。  地区内のクラブでも既に今年度からこれを一部採用しているところがありますが、しかし、福島クラブでは未だこれに関して討議されていないようであります。  勿論クラブの細則改正を伴うものでありますから、十分に検討されるべきものと思います。  そのような中で「第2期クラブ強化推進委員会」は、今年5月に「理想的ロータリー・クラブの条件」を別紙のように提案されました。検討に値するものとして紹介する次第であります。  なおこの「第2期クラブ強化推進委員会」は、南園義一RI理事を感じとして田中作次直前RI理事、重田政信RI理事、渡辺好政RI理事エレクト、黒田正宏・上野孝研修リーダーなど現在日本のロータリーの指導集団の人々14名のメンバーからなっており、2004年に発足した「クラブ強化検討委員会」が名称を改めた委員会であります。  皆様にお渡ししたこのコピーをそれぞれの立場でよく検討して欲しいと思います。同時にクラブの活性化のためにもクラブの理事会で是非討議していただきたいと考えています。

加藤会員
紹介:職業奉仕委員長 加藤 義朋 会員
 辺 龍秀先生は昭和59年に福島に脳神経外科の専門として開業されました。そこで皆さんもご存知のとおり平成7年に不名誉な事件がありました。しかしながらロータリーの綱領にのっとるような気持ちで再度このように立派に再生されました。本日はその経過等についてお話いただければと思いお願いいたしました。よろしくお願いいたします。
『挫折からの生還 〜病院再建の軌跡〜』 あづま脳神経外科病院理事長・院長辺 龍秀
 紹介いただきました福島21RCの辺です。今日のテーマは「挫折からの生還」ということですが、医療の話なら得意な分野ですので冷静に話ができるわけですが、この領域は専門外ですのでむしろ皆さんの方が経営の話ですので専門家でいらっしゃるということで昨日一晩かけて準備しましたが、大変緊張しております。内容的には、ただ今加藤先生からご紹介いただきましたが、われわれがどん底からどのように跳ね上がってきたのかということを30分の時間でお話したいと思います。
 タイトルは「挫折からの生還」〜病院再建の軌跡〜としてお話させていただきます。なぜ、ああいう事件が起きたのかということですが、ひとつには内部統制の不備があったということです。当時の病院経営は医者であれば誰でもできたというふうに考えられた時代でした。実際に経営のことを学んで診療にあたったわけでもありません。とにかく、医療さえしっかりやっていればいいんだと考えていました。内部統制に関しては、すべて経営管理部にお任せの状態でした。結局組織図はちゃんとあったわけですが、経営の仕組みは多少あるのですが、ほとんど機能していない状態でありました。また内部監査の機能もまったく欠落していました。いろんな間違いをチェックできませんでした。結果、平成7年9月の事件となりました。いろんな資料を提出し弁明もしましたが、翌年の7月まで10ヶ月の取り消しとなりました。その間、県の友の会の方々、地域の方々、医師会の方々と再認定の活動を行いました。当時の話として、この規模の病院で再認定された例はないという話でした。まったく五里霧中のなかで、本当に前がみえない状況でした。いろんな誘いもありまして、「いまなら病院を売ればいくらか残るぞ」とか売却の話も数多くありました。しかし取り消し期間中、過剰請求した分については、患者さんの自宅を個別に廻り、返還業務を行いました。職員も40名ほど残っていましたが、全員でなんとか再認定してもらうんだ、診療を再開するんだという希望を持ち、一所懸命やっていました。それを見ていますと、私自身迷いを断って、1年後には再認定してもらうんだという目標を立てました。1年間経済的に大丈夫かどうかシュミレーションしました。私財も含めてみると何とか1年間はもつという結果でした。1年間でダメだったら潔く退くつもりでした。幸いなことに、経済的資金が底をつく1ヶ月前に再認定を受けることができました。県の友の会の方々や地域の方々がなんとかあづまを復活させようという想いで運動していただいたおかげです。心から感謝いたします。
 再建期間は、3つの時期に分かれます。
 @経営危機からの脱出期(H8〜10年)
 A変革・新生期(H11〜14年)
 B持続的変革・成長期(H15〜)
の3つステージです。
 まず経営危機からの脱出期ですが、手元に1ヶ月分の運転資金しかありませんでした。銀行からの融資は翌年の3月からといわれていたので、約8ヶ月間、手元資金でやらなきゃならない状態でした。この時点で約6億円の債務超過の状況でしたので、なんとか倒産を回避したいとの思いで経営改善をはじめました。まず、再建のための基本方針を6項目たて、それに沿った形で改革を進めていきました。3年以内になんとか目処を立てたいという思いでした。6項目は重要なものばかりですが、組織風土の改革や理念・ビジョン・方針をしっかり打ち立てて経営をやろうということとか、経営危機の早期安定を図る必要があり、何よりも人材育成が重要だと訴えていきました。
 それと地域からの信頼の回復が必要との認識のもと、職員全員参加の経営を目指しました。  それまでの私には、ビジョンも方針もなかったわけですが、この事件をきっかけに、まず、ビジョンが必要だろうということで、平成9年に総合医療福祉構想図というビジョンを職員全員参加型で立てました。残った職員全員で再建を目指すんだという方向になっていきました。経営危機の早期安定化に向けてはなんといってもキャッシュの節約に取り組みました。そのために力を入れたのが経済的立て直すチャンスとしてケアミックスの採用でありました。当時120床の病床を60床ずつ一般病床と療養病床に分けました。その時には銀行からの融資が290百万円受けられましたが、銀行からは「これが最後通告である」といわれました。この資金を活かしてケアミックスの採用を行ったわけですが、これが功を奏しまして、なんとか黒字を確保できるようになりました。  次は、変革・新生期になるわけですが、これまではすべてトップダウンでしたが、その弊害が表れてきました。職員から「なかなか意見が通らない」「不公平がある」とかクレームも聞こえるようになり、院内の雰囲気は悪くなる一方でした。そのため、暇があれば東京のセミナーに出席したりして、何がいいか考えましたが、やはり組織風土の改革をしなければならないという結論に達し、6つの制度に取組みました。まず、組織風土の改革の切り札として職能資格制度の導入を考えました。しかしながら職員の反発が強かったのですが、この制度の導入は必須と思いトップダウンで実施しました。そのため人事制度改革プロジェクトを立ち上げ、これがその後のいろいろなプロジェクトの始まりとなりました。そのメンバーは組織横断的に、またコアの人材を登用しました。結果、困難なこともありましたが、次第に定着し、1年半かけて職能資格制度に導入にこぎつけました。制度の導入にあたっては、「賃金が下がるのではないか」等不安視する声もありましたが、導入にあたっては、思い切って賃金を全国レベルに上げることからスタートしました。それによって職員の抵抗感がなくなりました。公正で、透明性がありかつ納得性のある人事考課をやることにしました。  そのほか飛躍21戦略会議を立ち上げました。21世紀に飛躍する病院を目指すことを目的に組織横断的にメンバーを選定しました。そこでは、業務の改善、戦略の策定、職員教育を検討していきました。今でも、組織の中心となる会議体となっています。そして迅速な意思決定体制の整備にも取組みました。最近、戦略プロジェクト会議を立ち上げましたが、これはひとつのテーマを決めて、適任者を集め結論がでれば解散する仕組みです。それから一番注目されたのは即決の会であります。これは一般職員から広く提案をいただき、毎週1回開催しています。法人の活性化に役立っています。そして将来の法人のビジョンをしっかりと実現していくために、ビジネスモデルの転換を行いました。平成13年1月には全員参加型経営の実践を宣言しました。経営スタイルを変えることであり、いわゆるトップダウン方式に加え、ボトムアップをきちんと位置づけて経営をやっていこうというものです。職員と価値観の共有化を図り、経営の透明性、公平性を高めて、そして中長期経営計画等すべての情報を公開し、これを実行してきました。平成12年からスタートした中長期経営計画は大きな役割を担っており、最近では合宿して策定しています。  注)講演時間が延長となったため、以下録音できませんでした。持続的変革・成長期や今後の課題のお話をいただきましたが、会報に掲載できず申し訳ありません。

職業奉仕委員会 加藤 義朋委員長
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 PSAという採血検査を職業奉仕委員会で行う計画でした。期待されている方も多かったのではないかと思いますが、PSAの検査が医療行為になるのではないか、また費用が4千円くらいかかるようです。癌の気があるのではないかと思われたら、病院で相談されれば、保険もきくので3割の費用でPSAの検査ができますので、そちらをお勧めすることにしました。したがいまして、職業奉仕委員会でのPSAの採決検査は中止とします。

雑誌委員会 田口 信太郎委員長
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 ロータリーの友10月号の読み所を紹介します。職業奉仕の月間ということで、RI会長がメッセージを寄せられています。この中で、「近年、企業の不祥事や信用のおけないインターネット上の取引が増加する状況下にあって、ロータリーアンたちが人々が信用するに足りるサービスを提供することができます。倫理は、私たちのどのような行動にも必要ですが、特に事業において重要です。今こそ私たち全員が四つのテストを本気で採用すべきときです。」と述べられておりますが、自戒の念を込めて、皆さんとこの言葉をかみしめたいと思います。
 また職業奉仕と青少年の関係で、若年層の失業が問題となっています。会長は青少年たちをリードできるのは、われわれの青少年プログラムだと述べられています。その他職業奉仕に関するロータリーアンの先輩の方々や各地のロータリーの活動の取組みが掲載されています。
 縦組みの今月号は、ノーベル物理学賞を受賞された小柴昌俊先生が寄稿されています。「やればできる」という題ですが、前半は分かりやすいのですが、後半のニュートリノになると分かりづらいです。先生が小児麻痺からどうやって立ち直ったか、「平成基礎科学財団」設立の苦労話等が書かれております。また、15ページの歌壇には、当クラブの脇屋隆治会員の「文庫本『剣客商売』18冊魅せられて読了わが祖も剣士」が掲載されています。最近時代物の文庫本がブームとなっています。皆さんもロータリーの友ともども時代物の文庫本を読まれたらいかがでしょうか。

今週の寸景 久保 晋一郎会員

〜今週は私が編集長〜  久保 晋一郎会員
 8月28日に保原町で「ほばらももの里マラソン」が開催されました。当日は小雨模様でしたが、暑さが凌げて絶好のマラソン日和でした。
 小学生低学年の1qから大人の10qまで総勢2,241名がチャレンジし、沿道の応援に後押しされ皆さん完走されました。私は10qに出場しなんとか完走した次第。