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福島ロータリークラブ≪例会≫
例会日:平成16年9月2日(木) 12:30〜 
例会場:ホテル辰巳屋 8F 
会長あいさつ 04-05年度 福島RC会長 渡邊 又夫
渡邊会長
 ロータリーの9月は新世代月間です。先週末、福島21RCがスポンサーになって桜の聖母学院高等学校に新しいインターアクトクラブが誕生しました。また、近いうちに福島成蹊高校に予定があるそうで東稜高校、聖光学院と合わせて計四校になります。青少年の奉仕団体には、JRC青少年赤十字など他の団体の取組みもありますが、世界平和と国際理解を目的としている点がロータリーの特徴だと思います。
  今月末にGSE(Group Study Exchange)5名の来訪があります。当クラブは、その団長である歯科医の男性をホストすることになりました。そのホストの大役ですが、佐藤英典会員に引き受けて頂くことになりました。有難いことと感謝しております。ただし、昼の時間のお相手については、会員各位のご協力を求めることになりますが、宜しくお願い致します。
 地区会員大会のお誘いです。10月10日(日)いわき市の明星大学が会場です。登録の締切が迫っておりますが現在の登録は12名です。基本的な旅程は土曜日午後3時ごろ車に分乗して出発、美味しい魚が食べることのできる懇親会も準備してあります。宿は平の東急インです。もちろん「当日のみ出席」も出来ます。登録料はクラブ負担ですから、地区大会が未経験の方には万障お繰り合わせの上、出席されるようお願い致します。
  あぶくま清流に関して、先のシンポジウム特集号をお配りしましたのでご覧ください。先週の土曜日に阿武隈川で横断水泳を行いました。来年に開催計画の大学対抗横断リレー水泳大会の試泳会で、旧日銀役宅前の船着場で行いました。福医大、福大、日大の水泳部20名の参加でした。川で泳ぐのは皆始めてで大感激のようでした。次週の例会卓話は親子3人で白河から太平洋までの250キロを泳ぎきった感動の物語りです。
「JRA創立50周年」 JRA福島競馬場 場長豊 田 泰 樹会員
豊田会長
 今年はJRA創立50周年です。昭和29年以前は国が直接競馬を開催するという時代もありました。その前は 日本競馬協会。では、最初はというと、各地域での倶楽部組織(いわゆる今でいう民間会社のようなもの)でした。
 福島競馬場も様々な歴史を経て、現代に、至りました。
 その歴史のようなものを、今日は紹介させていただきたいと思います。
上部分
〜福島競馬場小史〜
明治20年 信夫山招魂社祭礼で800m馬場を設け東北で最初の洋式
明治35年 競馬場を郡山市の開成山に移転。
明治39年 全国で15の競馬倶楽部が競馬開催許可される。(開成山外れる。)
明治41年 馬券禁止令。開成山競馬衰退。
大正2年 福島愛馬会結成(伊藤弥氏中心)。
福島に公認競馬場の運動。
〜6年 藤枝競馬場倶楽部経営悪化。伊藤氏が政敵大島要三氏に相談。
県下の政財界が一体となり、誘致運動。中央政界に働きかけ、藤枝から福島への移転許可認可。
福島土地株式会社の設立(資本金を市民から募集。329名)。
大正7年 藤枝競馬倶楽部には定款変更し福島競馬倶楽部に。6月に競馬開催。
大正14年 福島競馬倶楽部。名古屋市から買収打診。
昭和12年 福島競馬倶楽部解散。日本競馬会福島競馬場となる。
昭和18年 競馬停止。競馬場閉鎖。
昭和21年 東京、京都で3年ぶりに競馬再開。
昭和23年 7月に日本競馬会解散。国営競馬となる
昭和24年 福島競馬場の名古屋への移転話あるも、9月に福島競馬再開。
昭和28年 福島競馬振興会設立。
昭和29年 9月に日本中央競馬会設立。日本中央競馬会福島競馬場となる。
昭和33年 7月に臨時特例法によるスタンド改築工事竣工。
昭和44年 9月に鉄筋コンクリート建て1万1千人収容スタンド完成。
昭和49年 福島競馬場の移転話。
平成7年 8月に増築スタンド完成。既存スタンド、馬場全面改築工事着手。
平成9年 5月にスタンド改築工事竣工(5万人収容)。
下部分
「国政への志」 NPOエフちゃんねる 理事長石 原 信 市 郎 会員
石原会員
 今日は、只今ご紹介いただきました、石原信市郎です。今日は歴史と伝統ある福島ロータリークラブにおいて、自己紹介をさせていただけるということで、大変緊張し、また、光栄に思うところです。
 私は、NPO理事長ということで、本会に入会させていただきました、ご存知の方もいらっしゃると思いますが、福島市の市議会を2期させていただき、現在は民主党に籍をおき国政を目指し挑戦中の身であります。
 私は大学を卒業後、一時民間で働きましたが、当時クウェート紛争に端を発した、国際貢献の論議のあり方に対し疑問もあり、国会議員の秘書となりました。その後、政治の傍に身をおき、政治のあり方を見るにつけ、たとえば、国民不在の中論議が進んでしまった介護保険制度や、迫りくる少子高齢化社会に対する対応の遅れ、などに危機感を覚え、自分でできることをしようと思い立ち、市議会議員へ立候補しをし政治の道を進むことになりました。その後、自由党党首であった小沢一郎衆議院議員や藤井裕久衆議院議員との知遇を経、また、ご指導を頂戴している中、国政を目指さないかとのお話を頂戴し、変転もありましたが、現在に至っている次第であります。
 私の父は、元々は自民党総理総裁の故福田赳夫さんの流れを汲んでおりましたので、自分自身、現在の立場にあることがなんとなく先祖に対し申し訳ないような気もするものですが、なかなか回復しない雇用や産業の再生、そして、私たちの自身の生活を見たとき、安心と安全を保障しなければならない政治がまったく機能していない現状を、一刻も早く立て直すためには、政権交代を強くするちころです。
 私はまだまだ社会経験も浅いわけですが、本会の先輩方にご指導を頂きながら、頑張って参りたいと思いますので、何卒よろしくお願い申し上げます。
■今週の寸景■
寸景
 増子勉会員 : 昔は桔梗の花を一輪、神や仏にささげて吉凶を占った。キキョウの発音が桔梗に転じたのだろうか、それゆえこの花は運命を暗示する花でもある。
〜今週号は私が編集長〜 (9/2例会)  増子 勉 会員
増子会員
 初めての編集でした。先輩方々のご苦労の集積だと思いますが、原稿のやりとりもスムーズで、感心しました。会報はまず継続。年がたつほど、 価値がでてくるものだと思います。

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