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| 例会日:平成17年4月21日(木) 12:30〜 |
| 例会場:辰巳屋 8F |
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新会員中西さんをお迎えできて嬉しく思います。歴代の競馬場長さんには街づくりでご協力を頂いておりました。よろしくお願いいたします。
16日のインターシティミーティング(IM)には多数のご参加いただき、また、パネリストの森岡会員、発言者の今井会員、ありがとうございました。 百花繚乱。多くの花が咲き乱れることですが、その通りですね。花見山はいま、レンギョウ、ボケ、木蓮、染井吉野、八重桜、花桃などまさに桃源の世界です。福島に住んでこそ味わえる至福の季節です。どうぞ、この素晴らしい季節を存分にお楽しみください。 本日はロータリー百周年記念のスピーチで野口会員、八子会員、茂田会員による「野口英世伝」です。どうぞご期待ください。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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紹介 中村 啓治 会員・・・・・・・・・・・・・
中西 治雄氏(なかにし はるお) 本籍地 : 滋賀県 入 会 : 昭和50年4月1日入会 出身校 : 関西大学 経済学部 主な経歴 :
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昨年野口英世がデザインされた新千円札が発行されて以来、前にもまして野口―猪苗代―会津の話題が取り上げられる事が多い。私の母は猪苗代町出身であり、町の実家には八子家の子孫が健在である。私の又いとこにあたる八子弥寿男は現在野口英世記念館の館長を務めている。館長の祖父、弥寿平が野口英世と小学校同級生であり、八子家は当時清貧だった野口に色々な面で援助を惜しまなかったと云う。それは医学の道を志し猪苗代を離れ、横浜から渡米するまで続けられた。
今日は、100年前のロータリー誕生当時アメリカで活躍していた野口、朝河貫一の年表(3頁に掲載)を示しミニスピーチを行う。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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私の家は野口博士の親戚筋です。親が博士に私の名付け親になってくれるよう、頼んでいたのです。キリスト教で使う言葉から引用したのだと思いますが、主とつけてくれたのです。長男なので「まもる」と読ませました。ただし、誰も、まもるとは呼んでくれなくて、「ぬし」とか「もんど」とか、よく言われていました。
12年に博士が帰国した時に、「忍耐という字は苦く、その実は甘し」という文字をいただきましたが、昭和16年8月5日の福島大水害の時、紛失してしまいました。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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1.生涯
1876年(明治9年):福島県猪苗代町翁島にて出生 1897年(明治30年):上京、医師となる(21才)。順天堂医院(現在の順天堂大医学部)、北里伝染病研究所(現在の東大医科学研究所)の助手となる。 1900年(明治33年):渡米、ペンシルバニア大Simon Flexner博士の助手となる。蛇毒の研究。
1903年(明治36年):米国からデンマークへ留学、国立血清研究所で毒素と抗毒素の研究(27才)。1928年(昭和3年):ガーナのアクラにて黄熱病研究中に死去。(51才)2.国際的な感染症の原因と防御対策の研究 1.エクアドルでの黄熱病の研究。1918年(大正7年、42才)病原体としてレプトスピラ(スピロヘータに近い)を発見。「L.icterohemorragica」と命名、ワクチンを作って治療にも成功。 しかしこれは真の黄熱病の病原体ではなかった。病気自体が多分ワイル氏病に近いものか? 2.ペルーにてオロヤ熱の病原体の発見。1925年(大正14年、49才)バルトネラ菌である。
3.西アフリカで黄熱病の研究中に死亡。病原体は確認出来なかった。その後Tailarにより黄熱(Yellow Fever)ウイルスが発見されワクチンも作られている。このウイルスは蚊によって媒介され、日本脳炎ウイルスやデング熱ウイルスに近い。 3.野口英世のその他の業績 ・蛇毒の研究、毒素と抗毒素、デンマークの研究所で、1903-04年。 ・補体結合反応の基礎的研究。梅毒の血清診断の基礎。1911年。 ・脳梅毒患者の脳組織中にスピロヘーターを発見。1913年。 ・ワイル氏病レプトスピラの培養(梅毒スピロヘータの培養は疑問)。1913年。
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![]() 加藤義朋会員 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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4月16日(土)午前10時30分から、保原町「セレビアスカイパレス」に於いて保原RC、梁川RC合同で、それぞれの40周年、30周年記念式典が開催されました。保原、霊山、月舘、梁川の各町長をはじめ、RCからは山崎ガバナー、岩崎パストガバナー、紺野ガバナーエレクト、そして江戸川乱歩の疎開が縁となって友好クラブとなった東京池袋西RCと、県北第二区の各RCなどが出席し盛大に行われました。当福島RCは保原RCのスポンサークラブであり、また、梁川RCは保原RCがスポンサーなので当クラブにとっては孫クラブということになります。同日は県北第一区の「インターシティミーティング」で、渡邊会長、梅宮幹事、そして山崎ガバナーとともにIM会場へ駆けつけたため、式典のみの出席となりました。
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競馬を楽しむロータリアンの会が、福島競馬場場長中西治雄会員の歓迎会を兼ね、4月21日午後6時30分から石林で開催されました。17名が出席、佐藤英典幹事の軽妙な司会の下、互いに予想の難しさ、競馬歴、思い出の馬など語り合いました。
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5月プログラム案内。
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| 増子 勉会員:「あけび」の花
福島の春は、杏、桃、梨、さくらんぼ、プラム、りんご…。 果物の花が、百花繚乱です。「あけび」の花に初めて気が付きました。可憐です。 」 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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