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| 例会日:平成17年3月17日(木) 12:30〜 |
| 例会場:ホテル辰己屋 8F |
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本日は福島クラブ創立記念例会です。1951年(昭和26年)3月23日の設立で、今年で54年になります。創立時に最も近い時期に生れたのは渋谷さんで26年2月3日。今日は福島クラブの歴史など東條さんにお話を頂きます。
ところでロータリー100年をわが国の歴史で大きく区切ってみますと、1905年は国の存亡を賭けた日露戦争。そのあと40年間は戦争没入の時代。戦後混乱の時を経て1951年3月クラブ誕生。同年9月日米講和条約と日米安保条約が締結され、以後50年、現在に続いているわけです。 日米講和の半年ほど前に福島クラブが誕生した事について、河田さんが創立記念例会で印象的な会長挨拶をしておりますので紹介したいと思います。 クラブ創立が昭和26年春という時期を考えれば、まさに快挙といわざるを得ない。 戦後の混乱期だった。米国の占領下にあった。国論は連合国との全面講和か、米国との単独講和かで揺れていた。時の首相・吉田茂は単独講和を選択。サンフランシスコに赴いて調印、同時に日米安保条約を締結した。同年9月8日のことである。我がクラブはそれに先立つこと半年余、新しい「世界観」が福島の地にすでに育っていたのである。 「講和」の前に当クラブがスタート、世界連帯への扉を開いた先見性は注目に値する。 クラブの歴史は日米同盟の五十年の歴史であります。この五十年は日本にとってどうだったのか。自分にとってどうだったのか。問いかけてみてはいかがでしょうか。 次期会長大沼さんが会長研修セミナーに参加したので報告もいただきます。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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福島RCは創立が昭和26年(1951)3月23日で、以来平成17年で54年になります。創立時代を経験した会員が鬼籍に入られ、又当時の模様は福島RCの記念誌に詳しく述べられて居りますので、私は体験しました事についてお話申し上げます。私は81才、昭和天皇の御決断により命永らえた戦闘機パイロットの特攻隊の生き残りです。昭和46年(1971)12月1日、故田中PGの推薦で入会以来34年間、2回の入院時を除いて100%出席させていただいて居ります。
私と一緒に入会した仲間は現在の海野卓哉会員、加藤義朋会員の夫々御尊父で振り返りますと感慨深い思いにかられます。 そもそも創立のきっかけは当時民報の社長であった、飛島定城さんがたまたま河北新報の社長さんと話題の中で福島市が戦後一人前になるなら「ロータリークラブの一つも作らなければ市としてのステータスにならないよ」と言われたのが始まりと聞いて居ります。東京以北一地区の時代です。 福島クラブが東北、北海道にその存在を示したのは当クラブの故村上PG(14代目)の功績によるものであり、私がどこのクラブの人に会っても「村上先生はお元気ですか?」「先生はロータリーに峻烈でしたね」と声をかけられました。私共、若い会員には慈父の様な方でしたが、私が入会した頃は山形県と福島県が一緒になっていました。分区は中通り全部が一分区で家族写真入の名簿があった記憶があります。其の後、大原PG(25代目)と田中PG(34代目)を当クラブより輩出し、私がクラブ会長(1990)の際の酒田大会を最後に福島県が2530地区として出発し阿久津PGは53代目になる訳です。 私は「ロータリー会員になってよかったか?」と問われれば即座に「はい!」と答えています。福島クラブはその道、夫々の権威者、経験者の集まりであり、夫々の交わりによって教えられる事を私のかけがえのない「シンクタンク」とさせて頂いて居るからであります。 福島RCは地区の模範クラブとしてこれからも立派なロータリーアンの集まりとしてのステータスを持ち続けると思います。その一員として健康の許す限り勤めたいと思います。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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【会長エレクト研修セミナー報告】 日時:2005年3月12・13日 於:穴原温泉「吉川屋」 2005-06年度 国際ロータリーのテーマ 「超我の奉仕」 2005年度の国際協議会は、2月18日〜24日まで、アメリカ、カリフォルニア州、アナハイムのヒルトンホテルで開催されました。世界166カ国、529地区からガバナーエレクト及び夫人が参集し、日本から34地区のガバナーエレクトと夫人が参加いたしました。166カ国の国旗がひとりの旗手によって入場し、最後にグレン E. エステス会長が入場して来た時は、出席者全員立ち上がり、大きな拍手が鳴り止みませんでした。 グレン E. エステス会長は開会の辞で、「ロータリーの奉仕の第二世紀の第一期地区ガバナーとして、このすばらしい組織でさらに深いレベルの奉仕を行う準備をする為にここに集まりました。私たちの責任は甚大ですが、カール・ヴィルヘルム・ステンハマー会長エレクトと次期地区ガバナーのロータリーにおける人生で最も充実し、実り多き第一章を始められるにあたり、多大の活躍とご多幸をお祈り申し上げます」との挨拶を述べられました。 そして、カール・ヴィルヘルム・ステンハマー会長エレクトが、「皆さんと私が共にロータリーの第二の新たな百年史の第一章を書き始めることになります。私たちは、ロータリーの未来のゴールを設定する指導者というわけです。私たちの考えや仕事は、この組織の未来に確固たる影響を与えるでしょう。私はモダンであることを好みます。私はリサイクル(再生)利用し、また継続性を推進したいと考えます。従って私は、国際ロータリーがこれまでに創り出した最高の標語でありながら、この会場の壁にまだ掲げられていない中のものを選びました。すなわち、『超我の奉仕』です」と発表されました。 そして、ステンハマー会長エレクトは、次年度の強調事項について、ロータリーには新しい風が吹いていますが、この風は「継続性」と呼ばれるものです。そして「識字と教育」「水保全」「公共イメージを高める」を主な強調点に揚げられました。会員増強は、継続性の一環としてとらえております。又、青少年交換プログラムにも取り組むよう奨励されております。
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