余白 RCロゴ
▲マーク 活動計画一覧
 
福島ロータリークラブ ≪例会≫
例会日:平成15年12月18日(木) 12:30〜 
例会場:ホテル辰巳屋8F 
会長あいさつ 03-04年度 福島RC会長 草野 武夫
 去る12月14日(日)郡山市民文化センターにおいて“あぶくま清流協議会設立総会”が国交省、県生活環境部、福島市環境部の各代表、そして地区役員の方々をご来賓にむかえ、流域36クラブ代表の出席のもと開催されました。始めに白岩康夫準備委員会代表があいさつ、続いてご来賓のごあいさつを頂き議事に入りました。白岩代表を議長に選出、渡邊又夫福島RC会長Eが事務局として“経過並びに趣旨説明”を致しました。その後会則、事業計画、予算を原案どおり承認、役員選任にうつり、阿久津PGが初代会長に就任致しました。

昨年度来、福島RC内に新規事業プロジェクトを設置し取り組んでまいりました“阿武隈川浄化運動”の基本ができ本格的な活動を開始することになりますが、当面は福島RCが主体となって活動しなければなりません。改めて会員の皆様のご支援、ご協力をお願い申し上げます。

 スピーチ  丹治 正博 会員
お正月はなぜ おめでたいのか、
それは日本人の
命の甦りの時
 私は神社の神職という立場で、毎日さまざまなお祭りやお祓いをご奉仕しております。私は常々思うのですが、文化というものは、それが生きた形で伝えられなければ意味がありません。そういう意味で皆さんのお住まいになっていらっしゃる町や村の鎮守さまのお祭りがまさにこれに当たるわけですね。神社の年に一度の例大祭というものは、何百年もの長い間、同じ営みを繰り返してきました。時代とともに人が変われども、何十年も前と今年とで、やっているお祭りに変わりはありません。そして伝統的な文化が生きた状態で伝えられてきたのですね。神社のお祭りが生きた文化の記憶装置であるといわれる理由もここにあるのです。しかしながら、こうした伝統的な日本の心が最近とても希薄になってきていますね。そこで今日は、間近に迫ってきたお正月の意義についてお話しをすることに致します。

 お正月になると「あけましておめでとう」という挨拶や年賀状を交わすのが当たり前になっていますね。それじゃなぜお正月はめでたいのでしょうか、あまりに当たり前すぎて、皆さんその理由など考えたこともないと思いますね。ところで、最近は、かなり年配の方でも、自分の年齢を誕生日から数えて満年齢で計算していますが、私の祖父母の年代の人達までは「数え年」を使うのが普通でした。私が子供の頃、祖父が正月に私どもにお年玉をくれるとき、「今年でいくつになった?」と聞いたものです。そんなときに学校では満年齢を使っている私は「満で10歳だけど数えで11」などと答えたものです。現在、数え年の習慣は全くなくなってしまったのかというと、そうでもありません。「七五三」のお祝いや厄年のお祓いなど、日本人の一生の節目節目の行事には、やはり数え年が生きていますし、戦前まで日本では数え年が当たり前だったのですから。さて、ここで「数え年」のおさらいをしてみましょう。例えば、年末の大晦日に赤ちゃんが生まれたとします。その赤ちゃんが、翌日、つまり元旦になると数え何歳になるでしょう。答えは数え2歳が正解です。今風の満年齢で言えばこの赤ちゃんは零歳ですね。満年齢とは欧米流の時間の観念で、数え年とは日本独特の時間観念なのです。満年齢では赤ちゃんが誕生するとまず零歳ですが、零というのは何もないということじゃないですか。数え年で1歳と数えるわけですが、何も赤ちゃんはすぐ生まれてくるわけじゃありませんね。妊娠して、赤ちゃんの生命が母親の胎内に宿ってから誕生するまで十月十日、約1年が経過しているわけで、すでに1年間、生命が生きているわけですね。だから誕生の瞬間に1歳と数えたわけです。西洋の満年齢の考え方よりも、日本人の「数え年」にはこうした生命をいとおしむ気持ちが強く感じられるわけですね。そしてお正月を迎えるたびに1歳年を加える、いわゆる年をとるわけですね。これが「数え年」の考え方なのです。

 さて、お正月がなぜおめでたいのか、なぜ会う人皆が口々に「明けましておめでとう」と挨拶を交わしあうのか、そのわけですが、欧米のキリスト教社会ではクリスマスが重要であり、お正月というのはただ単に1年の最初というだけでお祭り騒ぎをする程度です。これに対して日本では大晦日と元旦との間には他の364日とは違う大きな壁があると思いませんか。仕事は年内にケリをつけたい、お掃除は年内に済ますなど、皆さん無意識に1年の区切りをつけて、新たな年を迎えようとされますね。欧米の時間の観念は生まれてから亡くなるまで1本の数直線的に時間をとらえますが、日本では例えていうならば、串にささったおだんごのように時間をとらえます。つまり1年1年がひとつのおだんごで、なおかつ、つかず離れずの関係でくっついている。そして昔の人はお正月を迎えるということは、新たな1年の命をいただくことと考えたのです。だれから?それは神様からいただくものと考えたのですね。皆さんはご自分の誕生日を個々にお祝いすると思いますが、もし日本国民が全員が同じ日、元旦が誕生日だとしたらどうなりますか、これはもう顔合わせる人すべてに「おめでとう」と言い合う理屈になるでしょう。1年の始めにあたり、神様から1年の命を頂戴する、歳をとらせていただく、だからおめでたい、そしてありがたいから初詣で神様に感謝をして、いただいた1年の命をいかに有意義に過ごすか誓いを立てられるわけでしょう。だれに強制されるわけでもないのに初詣でに押し寄せる。皆さん意識されていないでしょうが、日本人の血の中にそうした考えが脈々と息づいているからにほかならないのです。


活動計画一覧へ戻る
各ページに掲載の「写真・記事」のコピーや転載を堅く禁じます。
Copyright(C)Fukushima Rotary Club 2003. All rights reserved