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福島ロータリークラブ ≪職場訪問例会≫
例会日:平成16年4月8日(木) 12:30〜 
例会場:福島稲荷神社 
会長あいさつ 03-04年度 福島RC会長 草野 武夫
 寅さんのセリフの口調で…“わたくし、生まれも育ちも、福島、大町です。お稲荷さんで産湯をつかい、姓は草野、名は武夫、人よんで文房具屋の草野と発します。”お宮参りは“お稲荷さん”です。小学校になったころから、よく祖母の散歩について行きました。いつもコースは決まっていて、お寺さん(到岸寺)と“お稲荷さん”。小学校も高学年になると“お稲荷さん”の境内は我々わんぱくどもの遊び場でした。狛犬にのぼったり神楽殿の中に入ったり、よく叱られたものでした。大人になってからも元朝参り、節分、厄払い、盆踊り、秋のお祭り、そして歳の市などなど、折にふれお参りに来ます。私にとって“お稲荷さん”は、いつ来ても親しみと懐かしさを覚える所です。そんな訳で今日は普段見られないような所も拝観させてもらえるのではないかと楽しみにして参りました。丹治禰宜さんお世話になります。
<<スピーチ>>福島稲荷神社の由緒と境内諸施設について(抄録) 福島稲荷神社禰宜丹治 正博会員
丹治会員
 本日は職場訪問例会にあたり福島稲荷神社にご参拝賜わり有難うございます。 福島稲荷神社(御祭神 豊受比売命、他に大國主命、事代主命)のご創建は今から1017年前に遡ります。社伝によれば、第66代一条天皇の永延元年(987年)、当時朝廷に重用された陰陽師、安倍晴明が詔を奉じて奥羽下向の際、 此の地にさしかかったところ、西には吾妻山が空にそびえ、北には信夫山 が平原の中より屹然として突出し、南は阿武隈川の清流洋々として東流し、 山水の風致、自然の景勝に目を見張るのみならず、地味肥沃にして農耕に適 し、将来大いに有望な地相であるとしてここに社を建て、衣食住を司る豊 受比売大神(伊勢神宮の外宮の御祭神)を勧請し、此の里の総鎮守としたことに始 まります。その後堀田正仲を始め歴代の福島藩主の篤い崇敬を受け、度重 なる改築がなされました。
 明治28年に県社に列しましたが、その後明治35年の大暴風災害に遇い、倒 木により本殿、玉垣が倒壊したのであります。社殿の復興は大正天皇御即位記 念事業として始まりましたが、その後さまざまのう余曲折を経て、昭和9年 に改修事業に着手、昭和13年福島市民の奉賛により現在の社殿が竣功をみました。
 昭和62年には御鎮座一千年を迎え、これを記念して御社殿屋根葺替え並びに参 道改修工事が実施され、この「昭和の大修理」は平成元年10月に竣功をみました。
【社 殿】  現在の社殿は明治神宮御社殿の設計で名高い内務省大江博士の設計によるもので、 当代一流の技術の粋を集め、昭和13年竣功をみたものです。拝殿・幣殿・ 本殿には上質の台湾桧を用い、うっ蒼たる樹林に銅板葺きの屋根が映える優 美で澄明な社殿です。屋根は破風を配した美しい流れをみせ、福島市民の心 のやすらぎとして神域の中心をなしています。
【絵馬殿】 社殿の改築(昭和13年竣功)にあたり、それまでの拝殿を絵馬殿として移築 したものです。かつては福島市指定文化財の元禄8年、福島藩主堀田正虎寄進 絵馬「御能之図」をはじめ、多くの奉納絵馬が飾られ、参詣の人々は休息しながら眺めたといわれます。 この旧拝殿は元禄5年(1692年)、時の福島藩主堀田正仲が造営したものと思 われ、現存する福島市の古建造物中、最古のものと言えます。(絵馬の実物は現在福島県文化セ ンターに預託中)
【古峯神社】  この社は栃木県鹿沼市の古峯神社の御分社で、通称「こぶがはらさま」と言われ、 火伏せ・防火の神として、全国的に厚い信仰を集めています。例祭は毎年 2月旧初午の日となっていて、境内では火伏せ祈願の「湯立て神事」が行われます。 毎月10日には「とろろいも」を供えてお参りする習わしがあります。
【足尾神社】 この石宮は昔稲荷神社本殿裏にあって猿田彦命をまつり、足を患っている人 や足の弱い人の祈りと共に、旅に出る者が道中安全を祈願して、わらじや草履を献納 する人が後を絶たず、足の病気が全快したり、旅行を無事に済ませた人の感謝の祈 りも込められています。ここには、足をさすると足の病が治るという「おさすり石」 があります。 聖徳太子神社 法隆寺の夢殿を模して建てられた六角の堂内には聖徳太子の尊像がまつられています。 昭和15年に福島市・信夫郡・伊達郡・安達郡下の建築業関係者の結集によって計 画され、昭和37年に完成しました。 聖徳太子は古代史上、寺院建築に残した功績を称えられてか、建築関係の職 人からの崇敬厚く、地方にも「たいし講」となって伝承されています。このお堂にも一市 三郡の職人の信仰が見事に顕されています。しかしながら、聖徳太子が神 社として祀られる例は極めて希有なもので、全国的にも珍しい一社と言えるでしょう。 その他の境内施設
【世良修三の顕彰墓地】  戊辰戦争長州側の参謀として暗躍、この地で没した世良修三の御霊を祀っています。 今でも遠く山口県よりの来訪者や歴史の研究者が絶えず、敵地でかくも手厚く祀 られていることに感激をされます。
【ニレの大木】  樹齢約300年、東北地方でもまれにみる大木(太さは根回り4m、目通り2, 75m、樹高21m)で福島市の天然記念物に指定されています。
【檜の大鳥居】  当社の東西2基の鳥居は、大正9年明治神宮御鎮座の際建立された由緒ある東・ 西外玉垣鳥居で、昭和40年、明治神宮の格別の計らいにより当社に交付され、 福島市内崇敬者の協賛により翌昭和41年、全市を挙げての盛大なお木曳き行 事も実施され、無事移築竣功をみました。全国でも檜の大鳥居は極めて珍しいものです。
【社号標】  現在神社西参道入口の社号標には「県社稲荷神社」と刻まれています。戦前 神社が国家管理の時代に当社の社格は県社でありました。戦後、法改正により宗 教法人福島稲荷神社として再出発しましたが、明治28年に建立された社号標 はそのままの状態で現在に至っております。神社の顔、表札とも言うべき社号標 の整備は氏子の予てよりの懸案でありましたが、御鎮座1015年の嘉年に当る平成1 4年、氏子の寄進により立派に竣功しました。高さは約7m、幅は棹石が約8 0p、台石が3mと、神社の社号標としては県内最大規模となります。なお旧社号標 は、記念碑として末長く保存することとなりました。 その他幕末から明治中期にかけて活躍した斎藤忍山(利助)の句碑「野の梅 の先には道もなかりけり」や、和算の大家として知られた丹治明斎先生碑などもあり、 四季折々に市民に親しまれてきました。平成3年には福島県の民間新聞発祥の地 として、新聞人OBの福島ペンクラブ五月会により全国に例を見ない「ペン塚」 が西参道入り口に建立され、折々に慰霊祭、ペンの供養が行なわれています。

【地区協議会報告】
当クラブから草野会長他多数参加されました。 ■日 時/2004年4月4日(日)
■場 所/スパリゾートハワイアンズ
■ホスト/いわき内郷ロータリークラブ
■コ・ホスト/いわき区8クラブ

::: 地区協議会風景Photo :::
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地区協議会 地区協議会
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〜今週号は私が編集長〜 (4/8例会)  後藤 忠久 会員
後藤忠久会員
 今年は、春の訪れが早いなと感じていたら、なんと「地区協議会」の開催時、いわきで雪に見舞われました。自然現象の不思議さには、ただただ驚かされるばかりでした。社会現象では、あまり驚かされたくないものです。

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