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国際ロータリー 2001-2002年度国際大会は去る6月23日(日)から6月26日(水)まで4日間、スペインのバルセロナ市で開催された。ホスト委員会の発表によれば、大会参加国は146ヵ所、登録者数19,004人(内アメリカ5,663人、日本1,577人、スペイン767人)である。
私ども一行は三宅喬直前会長、河田亨会長、八子英器さん、白岩康夫のほか福島北R.C.の紺野義昭さん、郡山南R.C.の長沢吉勝さんの各ご夫妻、それに福島西R.C.の河野坦司さんを加え、合計13人だった。
6月22日(土)10時にルフトハンザ機で成田空港を出発、フランクフルトで入国手続き(最初に入国するヨーロッパ連合(EU)加盟国の空港で入国手続きをすれば、圏内はすべて自由に交通できる)を終え、乗り換えてバルセロナへ向かい午後6時頃空港着。専用バスに乗り込み、約20分かけ、空港からは近いが、市の外れにあるホテル「ヘスペリア・サント・フスト」へ到着した。
6月23日(日)、大会当日は朝7時からインターコンチネンタル・ホテルの地下で日本から渡航したロータリアンの親善朝食会があった。阿久津ガバナーノミニーはガバナーの日程が別なので、お会いしたのはこの朝食会だけとなった。会場には既に大勢の日本人であふれていた。席は自由となっていたので、空いていたテーブルを見つけて座る。まず板橋敏雄RI理事のあいさつがあり、次いでゲストとして参加されたラタクル会長エレクト、マジアベ会長ノミニー、ジアイ財団管理委員長がメッセージを述べられた。
朝食会では佐原元ガバナー、作山博之パストガバナー、茨木龍信地区米山奨学金委員長その他の顔なじみとお会いすることができた。
年次大会開会式は午後4時30分からで、大会会場はかつてオリンピック会場となったモンジュイックの丘一帯の、頂上にあたる部分にあるパラウ・サンジョルディで本会議が行われた。登録会場、友愛の家などは丘の北側の麓スペイン広場に散在しており、本会議場とは階段とその両側にある屋外エレベーターで結ばれている。歩くと20分はかかるとのことで、シャトルバスも運行していた。
我々はまず本会議場前にバスを乗り付けた。大変な混みようで、駐車スペースがとれない。とにかく車を降りて門扉を通り会場に向かったが30度を超す炎天下、日陰となるものもなく、入り口まで遠い。登録場を探したがさっぱり見当たらない。人の波は麓の方から続いている。初めて状況が判明したのだが、登録ははるか彼方、丘の麓にあるのである。そこでとにかく、そこまで移動することにし、シャトルバスに乗り込み、やっとの思いでスペイン広場についた。
登録はあらかじめ申し込みをしていたので、受け付け番号を示しただけで、ネームプレートと記念品引き換え券がもらえた。ところが記念品引き渡しデスクに行くと記念品は品切れでここには無いという。明日渡すから来てくださいとつれない返事である。とにかく本会議に出なければはるばる海を渡って来た甲斐がないのでシャトルバスを利用し、急ぎ会場を目指した。
大会会場となったドームは全席、人で埋まっていた。床部分にステージをしつらえ、それと対面するように役員席が設けられている。空席がないので、やむを得ずスクリーンの裏側に回った。後で人が動き出し空席ができたところで、ステージ近くの席に着くことができた。
キング会長のスピーチが既に始まっていた。ステージ中央にテーブルがあり、両側に大きなスクリーンが置かれている。そしてステージ後方に楽員の椅子が20〜30席あるだけの簡素なものであった。音響と映像を全面に出しての大会運営と見うけられた。会長のスピーチには迫力があり、なかなか堂にいっている。両側のスクリーンにこの1年間のロータリー活動を収録した「人類が私たちの仕事」のビデオを上映しながらNGOとしてのロータリー活動の重要性について語った。
最後に、喜劇俳優ジェリー・ルイス氏が壇上に上がり、会長からロータリー栄誉賞が贈られた。これに対し、ルイス氏が謝辞を述べた。
後でわかったことだが、大会に際し、日本語の同時通訳があった。これは持参のFM受信機で聞くことができるし、受信機の貸し出しも行われているはずである。しかし、会場にはそのことの掲示はなく、前もってのアナウンスも不十分で今回の大会の運営には、あちらこちら欠けるところがあったように感じられる。
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