ことしは12年ぶりの未(ひつじ・羊)年。誰もが厳しい年になりそうだという。過去、昭和以来の未年も、「まさに難局」「動乱」ばかりだった<先週のこの欄で解説>。ことしもイヤな予感がする。確かに日本は大事な「岐路」に直面している。
その「岐路」で、思い出した諺が『多岐亡羊(たきぼうよう)』である。未年にぴったりの警句でもある。私は昨秋、古くからの諺や警句を現代の感覚で読み直し、正しい理解の中で、人生や社会への戒めを考えようとの意図で本を出版した。『今に生きる成句―ことわざ考現学』だ。
その中でも、一項を設けて取り上げたが、この『多岐亡羊』は中国の古い教えである。戦国時代の道学者列子(れっし)の遺訓を漢の時代に集大成したという「列子・説符」が出典だというから、2000年以上の歴史を秘める。「大道には枝道が多い。だから、逃げた羊を追っても、つい見失ってしまう」との例えをあげて「方法がいろいろありすぎて、どうすればよいか思案にくれる」様子を指した。そして「枝葉末節にあくせくしていると本質(大道)を見失うものだ」と諭したのである。
類句に『亡羊の嘆』もある。「もたもたしているうちに羊が逃げる。あとで嘆いても仕方がない」というわけである。
さて、日本の現実も『多岐亡羊』そのものである。論じ合うばかり。前進がない。カラ回り。結論の先送りだ。そして、“混迷”だと悟ったようなリクツをつけて投げ出してしまう。
こんな“迷走”をつづけておれば、日本はどうなるのだろう。「亡羊」どころか「亡国」の危機に直面しかねない。折りしも、第156通常国会が1月20日招集された。6月18日まで、会期150日間の長丁場だ。デフレ不況、北朝鮮・イラク問題など、日本の命運を決する「岐路の課題」が山積みされている。切羽詰った問題ばかりだ。綿貫民輔衆議院議長の“異例の一括”は当然だった。無気力・時間かせぎの国会審議では日本が危ない。政治も経済も“決断の時”を迎えたのである。