賀正。新春初の例会で感想を述べるならば、「
めでたさも、中くらいなり未(ひつじ)年」…。
福島RCは大正生まれの偉大な先輩2人を新年早々、相次いで失ったのである。故渡辺正之氏(1月3日)、故鈴木 守氏(1月7日)、ともにパスト会長。こんなショックは初めてのこと、紋切り型の「新年おめでとう」は何とも空々しい。お二人のご冥福を祈り、その足跡をしのびつつ、ことしを「世直し元年」とすることを誓い合いたいと思っている。
それにしても「未年」はなぜか、日本いや世界で衝撃的な事件・事態を引き起こしている。昭和以降、6回の「未年」がすべてそうだ。転機に揺らいだ。
昭和6年(1931)、私の誕生年だが、日本政界は1年中、政変に明け暮れ、首相交代3回(浜口、若槻、犬養)。12月に就任した犬養毅首相は翌年の5・15事件で暗殺される。満州事変ぼっ発。東北・北海道は大凶作に見舞われ、娘の身売りが社会問題になる。
次の昭和18年(1943)は第二次大戦の戦局が急変。ガダルカナル島の撤退を境として、ソロモン海戦の敗北、山本五十六連合艦隊指令長官の戦死とつづき、10月には学徒出陣にまで追いやられる。欧州ではイタリアが無条件降伏、ドイツ軍もソ連から退却、日独伊同盟は崩壊へ。
戦後の昭和30年(1955)は統一地方選、総選挙の年。保守合同で自由民主党が結成され、左右社会党も統一。いわゆる55年体制がスタートした。日ソ交渉が鳩山首相の手で開始されたのもこの年だった。
昭和42年(1967)も総選挙の年。公明党が衆院に初進出、自民党の得票率が初めて50%を切り48.8%に。ベトナム戦争が泥沼化。反戦デモがアメリカの30都市で起き、日本にも飛び火。第3次中東戦争。超ミニスカートが流行。ヒッピー、フーテン、原宿族。
昭和54年(1979)も総選挙。自民、安定多数確保に失敗し、「40日抗争」。米中国交回復。英国に初の女性首相サッチャー女史登場。第2次石油危機。
平成3年(1991)、総選挙はなかったが、11月に海部内閣総辞職で宮沢内閣発足。台風19号が上陸し死者69人。雲仙・普賢岳で大火砕流。バブル崩壊で景気がかげり、地価下落。湾岸戦争。バルト3国の独立を機に、12月にはソ連邦が69年の歴史に幕――。
そして今年の未年。イラク、北朝鮮、デフレ不況。統一地方選挙につづき解散・総選挙の胎動も…。内憂外患に果たして「世直し策」はあるのだろうか?