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PハリスがR.C.をはじめたのは、商売のお客は沢山あってもその人達は気の許せる相手ではない。当時のシカゴは田舎から出て来てやっと職業にありつけた人間ばかりで、同業者は最も警戒すべきライバルであった。そんな時、Pハリスは県人会的なものとして同郷の集まりという事を考えたが果たせず、結局気の合った同じような境遇の人達が集まって語り合うR.C.が生まれ、気兼ねしない楽しい集会となった。9人くらいのメンバーの時でたまたま、その仲間は別々の職業であるのに気付き、この楽しさは一業一人の構成にある事を悟ったのでこれを制度として拡大に努めていった。
一業一人という事の利点は現実的には会員相互の間で安心して取引や需要が間に合うという点であった。(現在は一業一人という事は変わっておりますが)これがR.C.の特色となり、会員のメリットとして宣伝された。
この歓びを聞いたPハリスは弁護士仲間のカーターに入会を勧めたが、彼はそんな自分達の仲間の利益だけを考えている会は、発展も継続もしないといって入会を断ってきた。当時シカゴは下の用を足すのに、レストランかデパートを利用するしかなかったので、市役所にトイレを寄付する運動の先頭に立って成功したのでありました。これがR.C.の社会奉仕の最初であると言われております。その後もっと身近で誰にでも一人一人でやれる奉仕はないかと考えていた時、1908年入会したAFセルドンという経営者が自らもセールスマンで養成学校の理事者であったことから世の中の役に立つ目標と標語が必要であると考えました。そこで「R.C.は皆職業人である、社会の信用を保つ事が第一であり正しい商売をすれば必ず繁栄して市民にも喜ばれ世の中のためになる」これをR.C.の旗印にしようと思いつき、そこから“He profits most who serves best”「最もよく奉仕する者、最も多く報われる」というR.C.公式標語が生まれ「職業奉仕」が確立されたといわれております。
さて、ロータリー綱領第2項に「職業奉仕とは実業および専門職業の道徳水準を高め…云々」とあります。抽象的な表現で理解しにくい面がありますが、資料をあさってましたら、ちょうど15年前のガバナー月信に田中PGの分かりやすい表現が出ておりましたので説明させていただきます。
職業奉仕活動といえば「4つのテスト」ですが4つのテストの具体的な例えとして
| 1. | 真実かどうか…顧問に対して、常に正直と親切をしているか。 |
| 2. | みんなに公平か…従業員に対して、彼等の長所を十分に認めているか。快適な職場を確保しているか、苦情に対して公平に処理しているか。 |
| 3. | 好意と友情を深めるか…競争者に対して公平なる態度で接しているか、彼等と共に事業の水準を高める努力をしているか。 |
| 4. | みんなのためになるかどうか…協力業者に対して、公平かつ友情に満ちた関係を保っているか。いつも支払いをよくしているか。 |
であります。
職業は生活の資を得るための行動であり、自己の欲望が原動力である。しかし自分の欲をかくばかりでは成り立たない。そこに道徳、すなわち社会的責任がなくてはならない。
私は職業は社会の分業であると考える。利潤は分業分担に対する報酬であり、分業である以上は、そこに責任感と誇りがなくてはならない。
よって職業とは自分の利益と公共への奉仕が両立し密着している状態でなくてはならない。
これを意識し特に己が職業的意義を十分に考えて営業する、これが職業奉仕であると信じます。
この故をもって職業は人間修行の場ともいえるのである。理解しやすい解析だと思います。
私は建設産業の中で商いをさせていただいておりますが、皆さまご承知の建設業界もご多分にもれず、雨より嵐の業界であります。ともすると、自分の所だけはと牙城を守りに入って外界との接触を断ち、他人が不幸をかぶるのを見て見ぬふりをして自分の所だけはと思ってしまいますが、私がR.C.に入って10年になりますがいろんな異業種の方々とお付き合いさせていただき、それぞれ特色のあるやり方・ビジョン・悩み・苦労をお聞かせいただいてから人それぞれに立場が変われば悩みも変わり、それなりの努力をしていることを知ることとなり、私も何度か励まされた時がございました。ロータリアンである事の誇りと、ロータリアンであるがための礼節、ロータリアンである事のプライド・責任感。やはり職業を通じてのR.C.の本分がやっと分かりかけてきたような気がいたしております。
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