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先日、わたくしが所属している団体で「信夫山散策マップ」というものをつくりましたので、みなさんにお配りをいたしました。
実は、信夫山のお話をするのは2回目であります。6年前、スライドをまじえて信夫山の伝説と、信夫山の現況といったお話をして思いがけずにスピーチ賞をいただきました。実はこのお話には、信夫山によってわたくし自身の心に「ふる里」を持つことができた、福島を自分の故郷として確信できた、というストーリーが背景にありました。
わたくしの生まれは東京の文京区白金白山で、30歳の時に会社を興すために友人と共に福島にやってきました。従って、何年いても本質的なところではエトランゼである。と、どこかでそういう思いがあった訳ですが、しかし、いまは違います。
今のわたくしは、心から福島を愛していますし四季の移り変わりがどこよりも美しい街だと思っていますし、福島が誰よりも大好きな自分でいます。そしてそれこそ、信夫山がわたしにくれた大きな贈り物でした。
わたくしが信夫山に興味を持ったのは、福島に来て5年ほど経ったときのあるご老人との出会いです。その方は会うたびに「信夫山ってのはない、あんだが考えてるよりは、もっともっとものすごい山なんだぞい」と語り出すんですが、これが面白くて、面白くて、何回聞いても飽きない。福島盆地の泥湖伝説の話から始まって、ヤマトタケルが登場して、大蛇を退治して豊かな信達平野が誕生したこと、大蛇が逃れたあとがあの阿武隈川であること。その昔、信夫山には皇太子と皇后さまが逃げてきたこと、そこから信夫山のいろいろな伝説が生まれていったこと…etc。なにしろ熱狂的に信夫山を愛している方だったのです。
まぁ、今になってみると独断的な解釈も、間違いもいっぱいあった話だったのですが、なにしろ街の真ん中にあって、こんな面白い伝説をいっぱい持っている山は日本中探してもそうザラには無いでしょう。
それだけでも大変なものなんですが、実際に登ってみると、もっと面白い。それは伝説や昔話に、ひとつひとつ物証が残っているんですね。これが全国でも珍しい横井戸だとか、昔の金山の狸掘りの跡だとか、一字一経石だとか、念仏橋の碑だとか、もちろん歴史に裏付けられた遺跡や建物も非常に多いのです。わたしの場合は、あまり正確な歴史には興味が無いんです。不思議な話や珍しい話が専門です。
そのほか地質学的な見方、木や草花、野鳥や昆虫、楽しみ方はいろいろな分野に分かれます。それやこれやを30年話を聞いているうちに、いつのまにか信夫山に詳しくなってしまいました。そこで、分かってくる訳ですが、昔の人たちの精神的・風土性といったものはそんな信夫山を真ん中において、育てられ、受け継がれてきたんではないだろうか…、と思う訳であります。昔の福島の人は信夫山を中心にして、自分の生まれ育った土地を確信を持って愛していたんだろうな。と、それと対照的に、今の若い人たちは信夫山を心の中心から見失うことで「ふるさと」も見失っているのではないかと思うのです。
福島クラブは、支店長さん達も沢山いらっしゃる訳ですが、なにか、信夫山を知ることで、福島をより好きになっていただけたら幸せだな、と思ってお話をさせていただきました。
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