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RI第5960地区(アメリカミネソタ州、ウィスコンシン州)へ4週間の研修を終えて
4月1日から30日までの4週間、GSEチームとして第5960地区を研修旅行し帰国したので報告します。
[チームの構成メンバー]
寺山 尚美(福島R.C.推薦、板倉病院看護婦)
石川志津子(本宮R.C.推薦、白沢村役場図書館)
田崎 孝子(白河R.C.推薦、白河市役所)
武藤 俊輔(東白川R.C.推薦、トミー工業)
ここではロータリアンとして、チームリーダーとして参加した訪問地のロータリー事情を中心に述べます。
*RI第5960地区について
我々は昨年10月受け入れたGSEチームの交換プログラムとして派遣された。5960地区はミネソタ州の東部とウィスコンシン州の西部を含む地区で、10のArea(分区)があり、60のクラブから成り会員は約3,000人であり、2530地区とほぼ同規模の地区であった。地区の大きさは東西南北に約400キロの広さであり、朝の例会は20クラブ、昼の例会は39クラブ、夕方の例会は1クラブであった。地方では1〜2時間かけて移動し、昼の例会に時間をさくのが困難なため朝の例会が多いのだという。我々の受け入れはArea6〜10までの地区の北側のAreaだった。地区の南側のArea1〜5では同時に南アフリカのチームを受け入れていた。GSEや交換学生にはとても熱心な地区で地区大会に集まった学生は50人ほどの数であり、日本からも5人の学生が紹介された。この地区はロータリー財団に対する貢献度が高いのだろう。GSEのメンバーやリーダーになれることを誇りに思っており、GSEのメンバーからロータリアンになった人もとても多いのだということだった。女性の会長や女性の会員も多く、日本では女性もロータリアンになれるのかと質問されたこともあった。
*地区大会について
5960地区の地区大会は4月6日〜7日の2日間、ロチェスターで開催された。会場はロチェスター中心の、MAYO CLINICに隣接したTHE KAHLER GRAND HOTELだった。初日の午前中は地区関係の会議、Luncheon、午後は講演会。夕方からはReception、Dinner、Dessertと続き、これらはHome Hospitalityと称して個人の豪邸を解放して行なわれたもので、さすがスケールの大きなアメリカならではの接待だった。
2日目の朝は南アフリカと日本のGSEチームのプレゼンテーションの時間がとられており、スピーチとスライドを使って福島県の紹介を行なった。全体会議の出席者は400〜500人というところか。外部からの招待者も無くあまり派手な感じはしなかった。
*ロータリーの例会について
4週間の滞在中、地区大会を含め実に14回の例会に出席した。ただ名前だけ紹介されたのが1回あったが、他はいずれもGSEプログラムが組まれており、その都度少々アレンジしながら下手な英語でスピーチした。スライドを使って福島県の紹介を行なったのが計6回だった。例会は集まった順から食事をとり(多くはビュッフェ形式で、セルフサービスが多い)30分くらいして開会の点鐘なしに国歌、4つのテスト、お祈り等がある。その後会長がスピーチをしながらゲストを紹介し、Happy box(ニコニコBOX)の投入がある。1ドルの投入が殆どで、それぞれその場に立って投入の理由をスピーチしており、結構時間をとった。その後例会のプログラムという順で、最後に閉会の点鐘というスタイルが多かった。メイクアップカードを渡されたのは一つのクラブだけだった。都市部を除いてネクタイをしている人は少なく、ラフなスタイルが当たり前でかたぐるしい雰囲気は殆ど無い。
*ハドソンクラブの50周年記念式典について
ウィスコンシンのハドソンクラブは1951年4月6日の創立で、GSEの滞在中50周年の記念式典が行われ、我々も招待されお祝のスピーチを行った。福島R.C.も3月に50周年の式典を終わったばかりであると言ったところで拍手が起こった。当時の認証番号の入ったロータリーの旗は掲示しておらず、その存在を知っている人はいなかった。チャーターメンバーが一人おり、50周年を回顧してのスピーチを行なっていた。記念事業らしきものは無かった。ハドソンクラブはクラブ拡大でハドソンデイブレイクという子クラブを作ったがその後、活力を失いやや衰退ぎみであるということだった。
*職業活動について
GSEの大きな目標の一つに職業活動がある。手引には職業研修は最低丸5日と記載されている。今回の職場訪問は異例の多さで、前後約48ヵ所に及んだ。病院、クリニック、ナーシングホーム、老人施設、更正施設など医療施設が多かったが、学校、図書館、工場、農場、新聞社、獣医クリニック、市や州関係の施設など多岐に及んだ。現地のロータリアンは皆真面目でしっかりとアポをとって計画されており、変更されることも殆どなかった。あまりの多さに少々ピントがボケたきらいもあり、ビッグな所以外はどれも同じような印象になった。正直なところ“職場訪問疲れ”となってしまった。
職場訪問で印象に残った例を述べてみる。
ハドソンで富士重工の子会社でRobbinというエンジンメーカーを訪問した(社長が日本人)。ウィスコンシンに進出した理由は、労賃が安く、労働者の技術力が高く知的レベルも高い。失業率が低く(2〜3%)定着率がよく、安定した労働力が得られる、税金が安い、国際空港から20〜30分の距離にあることであり、毎年20〜30%の業績を伸ばしているという。この地域の特色を示している。
私は消化器科の医者としてまた内視鏡の専門化として紹介されていたので、病院でも消化器科を案内されることが多かった。器械は全て日本のオリンパス製で、テクニックや診断能力は日本と変わらず、ただ少々羨ましいと思ったのはアメニティーの部分であった。内視鏡室は大変広くゆとりがありきれいで、酸素の配管や吸引も完備されているところが多く、また検査後の休憩室もデラックスなものが多かった。
*ホームステイについて
今までのGSEの日程を見ると、4週間の滞在でホテル2日、ホームステイ5〜6ヵ所というのが相場らしい。私の場合、ホームステイは実に11ヵ所であった。7日間のステイ1回、4日間のステイ2回、2日間のステイ6回、1日のみのステイ2回であり、その都度の移動は精神的にも、肉体的にも疲労を覚えた。ホテル宿泊はとうとう無かった。
私のホームステイ先は、Mayoのドクター、地方の病院のマネージャー、獣医2人、指圧師、市長、弁護士2人、ガスステーションの経営者、株のディーラーなどであり、いずれも大変忙しそうで活動的な人達だった。ホームステイ先の家族もロータリアンも皆親切で私達に気配りをしてもてなしをしてくれた。
この地方はスカンジナビア地方、特にノルウェーの出身者が最も多く、その他フィンランド、デンマーク、ドイツ、アイルランドなどで90%を占めるという。皆信心深いクリスチャンで食事前には必ずお祈りをしていた。日曜には教会にも2度つきあった。
皆背が高く、体格が良くバイキングの子孫のような体つきをしていた。基本的には白人社会であり、黒人はあまり見かけなかった。黒人のロータリアンにも会わなかった。現地の人達は、我々はリベラルだと言っていたが、何か見えない人種差別のようなものを感じた。
その他英会話の苦労ばなし、現地の天候、観光などの報告は後の機会にゆずる。この貴重な体験を次年度からのGSEプログラムに反映されるように地区にも報告したい。
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