福島ロータリークラブ【例会】
例会日:平成13年2月22日(木) 18:00〜 
例会場:ホテル辰巳屋8F 
会長あいさつ  木下 隆 会長 
 本日は夜間例会です。楽しくやりたいと思います。
阿久津ガバナー・ノミニーからロータリー創立記念日にちなんだお話をお伺いする予定です。
 例会後、ホームミーティングで各委員会ごとに今期後半の活動計画や理想、夢を話し合っていただきます。
 なにしろ最近、潜水艦と衝突したのが事故か危機管理上の問題かなどと、とぼけた話をしたり、支持率が一ケタ近くなっても政治的責任を感じない政治指導者がいたり、だからといって、じゃあ俺がやろうと手をあげる人もいないという閉塞状況です。日本はどうなるのか苛立たしい日々です。

 1991年から2000年にかけての10年間に、日本の「失われた10年」という指摘が海外のメディアから言われています。ソ連の崩壊に続くこの10年、日本は激動した世界の中で何をやったか。経済成長率も平均1%ぐらいです。そして総理大臣は8人もかわっています。
 1945年から1955年の10年間と比べてみましょう。敗戦から55年体制の発足までの間、日本はあの焦土の中から立ち上がって見事、復興を成し遂げました。12代の内閣がかわりました。

 大磯の吉田首相邸の庭に七賢堂という祠堂があります。もともとは伊藤博文の別荘で、明治維新の元勲、岩倉具視、木戸孝允、大久保利通、三條実美の4人が祀られていて、大正天皇による四賢堂という額がかかっていたのです。その後、伊藤と西園寺公望がまつられ、吉田さんの死後、吉田さんを祀り佐藤栄作が「七賢堂」の額を書いたのです。年に一度、自民党の幹部が集まってお祭をしました。伊藤博文は重大な問題が生じると、この祠に籠って想を練ったと言われます。
 吉田さんもそうでした。毎朝起きると、今、トルーマンは、アイゼンハウアーは何を考えているか。チャーチルは、ドゴールは、スターリンは、毛沢東は・・・・と考えて、今日の自分の姿勢を決めたと言っていました。

 世界の中で日本をどうしたらいいのか。これは政治に携わる人が片時も忘れてはならないことだと思います。そうしないと失われた10年ではなく、失われた100年になるのではないでしょうか。

「ロータリー創立記念日にちなんで」 阿久津 肇 ガバナー・ノミニー 
 先月、斎藤高志プログラム委員長から電話がありまして、ロータリーの創立にちなんで、ガバナー・ノミニーとして何かお話をするようにとの電話があり、その時はいいですよという気楽な気持ちで引き受けたんですが、後で考えましたら、ガバナー・ノミニーとして、という言葉が大変気になりまして、どのくらい勉強しているのか話してみては、何かテストをされるような感じで、今日はそういう意味で緊張しています。

 「創立記念日にちなんで」というような大それた話は出来ません。きょうは話題を少し変えて、話をしたいと思っています。

 それは私が、2002年7月1日この日が来るのを戦々恐々として、恐れおののいているのですが、ガバナーに就任するということになりました。ホストクラブの福島R.C.の皆さまには大変なご負担をかけることになります。地区委員の方々でそういう事情を経験された方は大体ご存知だと思うんですが、私はちょうど田中ガバナー年度にクラブ幹事をやっておりました。1983−1984年でありますが、やはりガバナーを出すというのは大変なことだなということを実感いたしまして、今度私が皆さまに逆の立場でご迷惑をかける立場になるわけです。

 せっかく木下会長のお話もありまして「創立記念日にちなんで」のテーマにそって、主に新入会員の方を対象としたお話をします。

 ちょっとシカゴロータリークラブの誕生についてお話しします。
 1905年(明治38年)2月23日夜、シカゴのノースディアボン街127番地ユニティビル711号室にあった鉱山技師ガスタバス・ローアの事務所に弁護士のポール・ハリス、洋服屋のハイラム・ショーレ、石炭商シルベスター・シール、それにガスタバス・ローアの4人が集まり「親睦と相互扶助」について話し合ったのが、ロータリーの始まりであります。

 当時のシカゴは、悪徳と腐敗の町であったということですが、その中で経営者といっても小規模な企業の経営者であるメンバーが、親睦の場である例会場に企業上のいろいろな問題を持ち込み、皆でその改善策を練り、会員の相互扶助で切り抜けようとしました。しかし、この時期には未だ「奉仕Service」という概念はなく、それは1908年にアーサー・フレデリック・シェルドンがクラブに入会してからのことになります。
 最初に集まった4人をオリジナルメンバーと呼んで、他のクラブの創立会員チャーターメンバーとは区別しています。
 その2週間後の3月9日にポール・ハリスの事務所で第2回の会合を開き、印刷業ハリー・ラグルス、不動産業ウィリアム・ジェンセンが入会しました。
 3月23日第3回の会合はシルベスター・シールの石炭置き場で開かれ、シルベスター・シールを初代会長に選び、会合を各自の職場を見学するため持ち回りにしたので、ポール・ハリスの提案で「ロータリー」と名付けられました。(職場訪問例会の発祥)

 ここにシカゴロータリークラブが正式に誕生しました。ポール・ハリスは創始者ではあるが初代会長にならず1907年に3代目の会長に就任しました。以上がシカゴロータリークラブ誕生のお話です。

 続いて2001年〜2002年の行事予定。

【ガバナー・エレクト事務所開設披露式】2001年11月 ホテル辰巳屋
 ■事務所:(医)阿久津胃腸科内科医院2F
余白
【国際協議会】2002年2月 *2001年2月17日〜24日
 カリフォルニア州アナハイムで、ガバナー・エレクト(2530地区)にロータリー教育と管理上の任務に関する指導を行い、来る年度のロータリーのプログラムと活動の実施方法を討議、計画する機会を与える。また、RI会長エレクトが発表したRIのテーマとRIの新プログラムの説明を受ける。
余白
【クラブ会長エレクト研修セミナー・PETS】
2002年3月(国際協議会終了後1ヵ月以内に開催する)
《福島市》
 地区内すべての次期クラブ会長を対象に、クラブレベルで指導力を発揮するための研修会で
  1.RI会長の発表したテーマを強調する
  2.RIとロータリー財団の新プログラムと既存のプログラムの説明
  3.次年度のクラブと地区のプログラムと活動を立案する
  4.クラブ会長に指導的役割を発揮するよう励ます
  5.クラブ会長に地区の運営と活動を知らせる
余白
【地区協議会】2002年5月
《福島市》
 次期クラブ会長、幹事およびRI理事会が指名した、その他の次期クラブ指導者にロータリー情報を提供し、地区の活動を調整する。
 出席義務は、次期クラブ長、幹事、クラブ奉仕・社会奉仕・職業奉仕・国際奉仕新世代部門の委員長、RI財団委員長、米山記念奨学会委員長、新会員など。
余白
【国際大会】2002年6月23日〜26日 スペイン・バルセロナ


活動計画一覧へ戻る
各ページに掲載の「写真・記事」のコピーや転載を堅く禁じます。
Copyright(C)Fukushima Rotary Club 2001. All rights reserved