はじめに、当社について若干申し上げます。
今の柳町で「あわや」という小間物屋を営んでおりました私の祖父「後藤周吉」が大正11年に、友人の歯科医師に誘われて歯科材料を取り扱ったのがはじまりです。創業日は大正11年11月11日で再来年創業80周年を迎えます。
私は中町に住んでおりますが、平成3年に中町まちづくり実行委員会を青年部を中心に組織し、まちづくりに取り組んだのが始まりです。きっかけは、どんどん加速する中心部の空洞化により子供や孫の代にまちを残してやれるだろうかという思いからでした。
福島の中心市街地の人口は、昭和30年代8万人ほどおりましたが、現在では、3万人を下回り、2万7,000人ほどになっております。居住人口の急激な減少によりこのままでは「まち」がなくなってしまうという危機感が町内の人々に広がりました。
幸い、中町ではクラブメンバーである山田氏、高橋氏、内田氏をはじめとする親会が青年部の行動に理解と協力をしてくださいましたので、町内一体となってまちづくりに取り組むことができました。
私は「まちづくり」は住民の意識の高まりが一番と考えております。そして、まちを愛する心を一番育むのは「お祭り」が一番身近で良いと考えております。そのため、若手が中心となり稲荷神社の例大祭時に連山車を企画し、実施してきました。特に最近は、連山車のときに他の地区に行った学生達が福島に祭りのために帰省するようになり大変喜ばしいことだと思っております。
また、毎年夏に実施されている「わらじ祭り」もクラブメンバーである渡邊又夫氏を中心に2年前から青年3団体が中心となり、大変な盛り上がりを見せております。
本年の1月26日に県庁周辺の8町会が中心となって、「福島の城下まちづくり協議会」を設立いたしました。
県庁周辺の場所は昔、板倉藩の大仏城の跡でその周辺に位置する8町会は、福島の中心を成していた地区です。そのため、地区内には史跡や歴史のある商店が多く、また、歴史的にも重要な寺院も数多く点在しています。このことは、福島の他の地区には類を見ないものであり、この歴史と文化を大事にした「まちづくり」こそ最もふさわしいものだと考えております。
現在、協議会では、地域を再認識するための勉強会等を実施しております。来年度からは3年計画で地区内の整備と地域の未来像を地区の皆さまで考えていく計画です。
「まちづくり」は、行政が考えるものではなく、地区住民が考え、行政が実現のために支援するものだと考えます。自分たちで自分たちのまちをどうするか、どうしたいかを考えることが重要だと考えます。
中町のまちづくりを考えるときの前提に「住んでる人が住みつづけられるまち、商売をしている人が商売しつづけられるまち」ということを掲げました。このことが住民参加のまちづくりを考えるうえで大変重要なことだと思います。
最後になりますが、12月3日に旧日銀支店長役宅跡でイベントを開催いたしました。また、木下会長のご協力をいただいて、民友新聞社の駐車場で「あぶくま鍋を楽しむ会」を開催いたしました。
これは、阿武隈川の平成の大改修によって川がきれいになり、鮭がのぼってきていることにちなんで実施したものです。
私たちのまちである福島をより良くするため、今後も活動をしてまいります。皆さまのご支援をお願い申し上げます。
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