福島ロータリークラブ【例会】
例会日:平成12年11月30日(木) 18:00〜 
例会場:ホテル辰巳屋8F 
会長代行あいさつ  河田 亨 副会長 
 木下会長が中国へ行っているため、代わってごあいさつします。
 いよいよ明日から12月。あと1ヵ月で新世紀を迎えることになりますので、文字通りの世紀末ということになります。

 12月のことを師走と言います。字引きを引くと、陰暦12月の異名で、極月とも言うそうです。さて、この師走という言葉の語源ですが、調べてみてもどうも定かではありません。師走坊主という言葉がありますが、12月は忙し過ぎてお坊さんや仏さまのことを忘れてしまう程であり、そのせいで坊さんが落ちぶれたみすぼらしい格好になるという意味だそうです。同義語に師走浪人という言葉もあります。12月は忙しくて、落ちこぼれた人たちのことも忘れがちなだけに、そうしないよう、NHKや各マスコミで歳末助け合いを実施し、恵まれない人々に愛の手を差しのべようということかもしれません。ロータリークラブも、奉仕の精神に燃えて集まっている訳ですから、歳末に当たりいろいろと考えたいものです。
 また、師走の師という言葉は、先生という意味のほかに、軍という意味もあるそうです。中国の春秋時代の言葉ですが、2,500人の隊を師と呼び、5師を軍と言ったと、新明解国語辞典に載っています。そんなところから、日本でも師団などと、この師という字が使われたのでしょう。

 いずれにしても、お互いに12月は大変に忙しい月であります。忙し過ぎて化粧をする間もない女性のことを師走女と言うそうですが、それほど忙しくとも、今世紀はあと1ヵ月でございます。どうぞ皆さん、頑張ってくださるようお願い申し上げて、私のあいさつとします。

◆新会員スピーチ(1)「書と水」について 農林中央金庫 福島支店長 吉野 伸一 会員 
 私ども農林中金では「街にみどりを、窓辺に花を」をキャッチフレーズにかれこれ30年以上全国的に花いっぱい運動を展開しており、福島では近いところでは新浜公園に花壇を造成するなどしております。当ロータリーにおかれても、家族会等で私どものお花を楽しみにされているとのことで恐悦に存じております。

 お手元に「書と水」という資料をお配りしております。これは単に私自身が普段の生活や仕事を通じて多少なりとも愛着をもっているものをふたつ並列においただけでありますので、書と水の関連はありません。

 お手元の拓本は、書に興味のない方でも1回くらいは耳にしたことのある書聖「王義之」(おうぎし、4世紀、中国六朝時代東晋の貴族・政治家)の「集字聖教序(しゅうじしょうぎょうじょ)」です。これは、王義之が亡くなって300年ほど後の唐の時代に、別の字から偏や旁を組み合わせるなどしてさまざまな王義之の文字を寄せ集めて刻した石碑で、いわば王義之の文字のアンソロジーです。これが、東アジア全域の行書と草書のお手本・原点といわれているもので、王義之が書聖といわれるゆえんであります。実は、王義之の真筆はただの1点も現存しておらず、王義之の作品といわれるものはひとつ残らず後世の複製品で、真筆は歴代皇帝が自分の墓に入れたりして残念ながらすっかり失われてしまったのでございます。

 ちなみに、私たち日本人はまず楷書から習い、行書、草書、隷書、てん書等を学んでいきますが、楷書体という書法が成立したのは、4世紀に王義之で芽生えた書法(行書、草書による三折法)を発展的に完成させた7世紀の初唐期です。楷書体が歴史的には最も新しい字のカタチであることは意外に知られていないものでございます。

 資料の下の書は「弘法も筆の誤り」で知られる空海(くうかい、9世紀、平安時代)が最澄(さいちょう、伝教大師)にあてた書簡で、はじめの文字から「風真帖(ふうしんじょう)」とよばれている日本書道史上の最高傑作といわれているものです。空海の書は中国唐時代の影響を受けていますが、こうやって並べてみますと根底には王義之に学んだ様子が素人目にもよくうかがえます。

 字が似ているといえば、政治家の方々はよく揮毫されますので目にする機会も多く、字が似ていると何か共通点がありそうで面白いと思います。たとえば、現代中国の主だった標識や看板や新聞「人民日報」の字は毛沢東の字です。右上がりの厳しい筆致が特徴ですが、日本の政治家では、福田赳夫さんの字が毛沢東の字にどういうわけかよく似ています。字は人をあらわすなどと言われますが、ひょっとして性格や頭の中の構造まであらわすのではと考えたりもしています。

 次のテーマの「水」について。農林中金は、水産業界とも深くかかわっています。日本の漁業生産量は現在年間600万トン、昭和60年代から平成のはじめ頃は1,200万トンでしたから、この10年間で半減したことになります。魚種別には、すり身とたらこの原魚であるスケトウダラが200海里規制等の影響で減り、またこの10年ではマイワシが乱獲の影響でしょうか、魚影が薄くなり20分の1に激減しております。また近年、中国の漁業生産量が飛躍的に伸びています。魚に限らず食糧供給については中国から目が離せません。

 遠洋漁業の代表選手であるマグロ漁業につきましては、ミナミマグロはケープ沖、タスマン沖等が主な漁場で、1航海に要する期間は1年から1年半ぐらい、150kmの縄に約3,000の針をつけて流し15時間ぐらいで引き揚げます。専門用語で釣獲率と言いますがマグロが食らい付くのは1,000針に3匹程度、まさに千三つであります。なお、業界では自ら血を流して減船を実施してきていますが、規制を受けない台湾等に船籍を移している「便宜置籍船」の暗躍が大きな問題になっています。

 資料の最後にサハリン沖の妙な地図をつけております。これは私が札幌勤務時代に水産業務に携わっていたときに遭遇した漁船遭難事故の模様です。私が担当していた稚内の沖合底引き漁船「第71日東丸」が昭和60年にオホーツク海で忽然として消えた事故で、乗組員16人中11人が行方不明、5人が救命ボートで図のとおり16日間漂流し、2人が死亡、奇跡的に3人が生還したものです。この事故は「氷海からの生還」(講談社)というノンフィクションで紹介されていますが、謎の多い事故であります。沖合底引き漁船は120トン船長30メートル程度の船ですが、甲子園球場がまるまる入る網を引きずり引き揚げるものすごい力のある船です。生還者の話では事故当時の海は凪いでいて、いきなり海に引き込まれるように沈んでいったそうであります。この海難事故は昭和52年の200海里実施以来、年毎に追いつめられた北洋漁業の衰退のなかで起きたものですが、北の海は漁業にとって豊穣の海であると同時に、ソ連の「赤いクジラ」(原潜)が遊弋する軍司の海でもありました。北洋漁業とりわけ海洋資源を根こそぎ漁獲する底引き漁業は、略奪漁業ともいわれます。当時の日ソ漁業交渉の席上、ソ連側が「クオータ(漁獲割当量)の2倍獲っているんじゃないか」との質問に対し、日本の業界代表が「4倍は獲っている」と答えた笑えない逸話があるくらいです。

◆新会員スピーチ(2)「英国での生活体験から」 日本興業銀行 福島支店長 樋口 達士 会員 
 本日の新会員スピーチでは英国に長期勤務しました生活体験から、特に印象深くその後の意識に大きく影響しました3点についてご紹介します。

1.外国人に対するOPENな意識

 英国は外国人に対する意識は日本と比べてOPENです。このようなOPENな姿勢は医療制度にも表れています。

 私は1回目の英国勤務の時、ちょうど長男が生まれる直前でしたが急性盲腸炎に掛かり夜中に緊急手術を病院でしました。夜中、腹痛がし看てもらったところ、盲腸だと言われ近くの大きなRoyal Free Hospital(Freeは無料という意味)に連絡してもらい、お腹の大きな家内の運転でやっとのことで病院に着きましたが、看護婦たちは出産と思い一斉に家内の方に向かいましたので、私はお腹を押さえ「NO.!It's me」と叫び、何とか私が患者であることを認めてもらい無事手術を受けることができました。熱が下がらなかったことから点滴を打ち1週間以上入院しましたが、退院後のtake careを含め一切費用は掛かりませんでした。勿論、病院は大部屋で手術の前に5〜6人の研修生が来て代わる代わる私のお腹を押さえ、私がうめくと「典型的な盲腸の症状だ」と言う話が聞こえ、モルモットになった気分になりましたが、看護婦やスタッフの献身的なサービスには感動すら覚えました。このように、外国人に対する寛容なシステムや分け隔てない態度は英国の懐の深さを表していると思います。

2.家庭中心で誇りに支えられた職業意識

〇英国はおのおのが職業に誇りを持っており、日本のように生活上、会社名や肩書きを前面に出すことはしません。大切なのは地域の共同生活者としての協調性や地域貢献度合いです。仕事は生活の糧を得る手段との割り切った意識が強いことがその背景にあります。

〇この意識は仕事と家庭の関係でも日本と大きく異なります。例えば、英国人スタッフに残業を命じた時に、彼らが取る行動は家に電話して奥さんの了解をとることです。一部の上昇志向の強い人間は全く残業を厭いませんが、一般的には残業を嫌います。これは(1)家庭を大事にする(夕食は家族と一緒に食べる)考え、と(2)残業をする人間は要領が悪く能力がないと一般的に見られることが背景にあると思います。

〇このような家庭重視の姿勢は退職に対する姿勢にも顕著に表れます。つまり英国人はある程度の生活の糧を確保し一定の年齢に達すると早くRetire(退職)する傾向が強いです。まさにHappy retirementで体力がある内に退職し、その後の人生を楽しもうとするもので、家族、知人が皆祝福します。早くRetireできる背景として若い時から住宅税制の恩典で家を安く購入できることや、充実した年金・社会福祉制度等のインフラが整備されていることが大きいとも言えますが、日本では退職を皆が祝うことは余りないのではないでしょうか。

 このような家庭中心の人間的な生き方や生活の糧を得るためにプロ意識を持って効率的に仕事をするという考え方をもっと日本人は取り入れるべきだと思います。

3.社会貢献への意識が強い人生観

〇英国人は人生観においても、自分の個性的な人生を歩みたいと思う一方、社会や地域への貢献を大事にする国民であると思います。その具体的な例としては、寄付であり、仕事で財を成した人は地域に何らかの形で地元に還元することが多いです。先ほど、盲腸の手術の話をしましたが、私が入院した病院の各病棟の名前は個人名になっており、これは地域の多くの人が寄付したもので大変感心しました。この社会貢献としての寄付は金額の多寡では無く、気持ちや姿勢の問題で出来る範囲で行えば良いわけで、例えば、英国ではいたる所に住民から寄贈された木製のベンチが置かれていますが、各ベンチには愛する人を偲んだメッセージがさりげなく彫られています。

〇また、英国人は自然や町並みの景観をみんなで守る意識が強く、National Trustのような自然保護運動に端的に表れていますが、英国内のどこを旅行しても美しい町並みには感心させられます。日本も自分の庭先だけではなく皆で共同して美しい町並みを守り、町全体の価値を維持し高めるという意識が高まれば、地域の活性化にもつながるのではないかといつも思っています。

〇この共同体意識は日常生活上の他人への思いやりといった行動にも強く表れます。その一例として「盲人の方のリレー」があります。混雑する中、白い杖をついた盲人の人を見つけると先を争うように周りの人が手を差し伸べ、自分が連れ立って連れて行ける所まで連れて行き、その場で「誰か盲人の人が目指す場所に行きませんか」と大声で叫ぶとまた、何人かが救いの手を差し伸べるといった形でリレーが続きます。このようなことは日本では余り考えられないことであり、つくづく公衆道徳のStockの差というか、他人を思いやる懐の深さの差を感じざるをえません。

 以上、英国生活で特に感心したことを3点述べさせていただきましたが、英国は小さな島国であるのにもかかわらず産業革命により世界の工場となり、強大な経済力を一時有しました。その後成熟国として経済が停滞した後、サッチャリズムの浸透により復活し「蘇る伝統国家」として日本では評価されていますが、むしろ経済面よりも先ほど申し上げた通り、英国人の懐の深さというか、「外国人に対し寛大で、家庭中心にプロ意識をもって仕事をし生活の糧を得ると共に、流行にとらわれないしっかりとした自分の人生設計を実行し、地域の住民として社会貢献をしながら、他人を思いやる余裕のある人生を貫く」−といった姿勢が21世紀を迎える日本人にとって参考にすべき点と思えてなりません。


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