【福島北R.C.・福島R.C.合同夜間例会】
例会日:平成12年11月16日(木) 18:00〜 
例会場:ホテル辰巳屋8F 
会長あいさつ  木下 隆 会長 
 本日は福島北R.C.と福島R.C.との合同夜間例会です。大いに懇親の実をあげたいと思います。楽しい一時を過ごしましょう。 昼間は北クラブさんとのゴルフコンペでした。福島R.C.きってのゴルフの迷手である私も、親睦と奉仕の精神を発揮して忍耐の心も加えて参加して参りました。

 それにしても世の中いろいろあります。私は世紀末という言葉で片付けることは嫌いなのですが、政治の貧困、経済の不透明さ、そして社会のあらゆる面での問題や不祥事、アクシデントの発生をみますと、何かそうした不安といったものを感じます。

 磐梯山の火山情報による地元経済への影響を地元の皆さんのご苦労でやっと切り抜けたと思ったら今回のオーストリアでのケーブル事故です。どうして福島の猪苗代中学校が、と考えるのですが、この試練も乗り切らねばなりません。

 ポールハリスがシカゴで友人と集まった1905年の時も、世界恐慌の24年前ではありましたが日露戦争下での革命の進行や労働情勢をみると来るべき時代の不安というものがあったのではないでしょうか。しかし、最近、三宅島の災害に対する義援金が驚くほど急速に集まっています。特に小中学生からの献金の多さに驚いています。まだ日本人の心に希望を持っていいのではないかと思っています。

福島北R.C.会長あいさつ 菅野 将士会長 
 今から38年前、1963年2月27日に福島R.C.から坪井さんをキーメンバーとして福島北R.C.が誕生いたしました。
 38年間、先輩の方々の熱情と奉仕の精神によりましてよちよち歩きから見事に成長し、現在の当クラブがあります。ちなみに初代会長は故宮村義一さん、幹事は坪井孚夫さんでした。
 これも、ひとえに福島R.C.の皆さまのご指導とご鞭撻のたまものであり厚くお礼を申し上げます。福島R.C.と福島北R.C.が一堂に会し、親子の絆をより一層深めたいとの気運が高まり、本日の合同例会となった次第です。

 最後になりましたが、福島R.C.のますますのご発展と会員の方々のご健勝をお祈りし、私のあいさつとさせていただきます。

福島北R.C.名誉会長あいさつ 坪井 孚夫 さま 
 昭和25年頃に福島民報社社長の飛島定城さんから、ロータリークラブを持っている都市は外国から非常に立派な都市とみられており福島も持つべきだと話が出て、仙台と郡山から働きかけていただき福島市にロータリークラブが誕生した次第です。初代会長は岩永幾太郎先生、そして大原甞一郎先生、村上正徳先生、福島電興社長の鈴木文七さん、西形政次さん、民事弁護士の阿部義次さんといった方々が会員でした。

 その後福島R.C.の会員が増えてきたことから、福島市の北側を割譲して福島北R.C.を立ち上げようとなり、福電興業社長の宮村義一さん、福島製鋼社長の大木勲さん、福島民報社専務の田中義高さん、東北電力福島支店長の黒部勝さんと私の5人が、福島北R.C.を誕生させた次第です。この北クラブが、今度は東に割譲して東クラブ、西に割譲して西クラブと増えてまいりました。

 福島北R.C.が誕生して間もなく、青年会議所が必要だと飛島さんが勧められ誕生し、ライオンズクラブも飛島さんから話があり、福島北R.C.から1〜2年遅れで誕生しております。

 歴史をひもとけばいろいろなお話がございますが、都市のステータスになると言われているロータリー、ライオンズ、青年会議所、ソロプチミストといったものは、文人でありました飛島さんが提唱されて、飛島さんは提唱するだけでしたが、結局は福島の誰かが立ち上げて、これらのものが残ってきたことは大変貴重なことと思っております。現在ではロータリーは県北で11クラブ、県内では60クラブになっており、ライオンズも同様にその後増えてきており、貴重な活動体となっております。


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