|
初めて成田空港に着いた時のことを昨日のように覚えているのに、いつのまにか5年という歳月が経ちました。
最初、日本語学校に入学した時は日本語が一言も話せませんでした。頼れる人もいない異国で自分の思ったことさえ人に伝えることができないのは、何よりも辛いことでした。それゆえ、悔しさのあまりにふとんの中で泣いたことも一度二度ではありませんでした。しかし、私の周りにはやさしい先生たちやホストファミリの家族がいてくれたからこそ何とか乗り越えることができました。
それは私が日本に来て初めて日本人と迎えたお正月のことです。
当時、東京の日本語学校に通ってた私は、ホストファミリのお誘いでお正月を一緒に過ごすことになりました。その時まで私は、日本人のお正月の過ごし方も知りませんでした。とても新鮮で、わくわくしました。ホストファミリのお母さんは、私を連れて明治神宮に行きました。山手線に乗って、原宿駅に着いたのは、夜9時ごろでした。だが、駅前から神宮までの道路はもう人の行列でいっぱいでした。鐘が鳴るまでまだ時間がありましたし、小腹も少し減りましたので、私たちは和食の店に入り、食事をすることにしました。お母さんは、日本の独特な料理だと言いながら、私に生まれて初めて食べるお寿司を注文してくれました。それはご飯に生のお魚を載せる食べ物でした。私は生のお魚を食べるなんて考えもしませんでした。お腹もすいたので遠慮なく、1個口に入れました。しかし、想像以上に美味しかったです。それで次をクリアした瞬間、思わず涙を出してしまいました。ビリッとした辛さが目に伝わってきました。辛いものが好きな私なのに、わさびには負けました。これが私とわさびとの涙の出合いでした。
食事が終わって、私たちも人々の行列に加わりました。お母さんと日本のお正月についていろいろ話ながら、長いじゃり道を歩きました。人々の行列の動きはとても遅く、いくら経ったかわかりませんが、やっと神社らしい建物が見えてきました。神社の前には、たくさんの人たちが合掌し何かを願っていました。私も、人の真似をして、両手を合わせてから心から何かを真剣に願いました。それからお守りも一個買いました。
その時はまだ、初詣ということがどうしても理解できませんでした。日本で5年間を過ごしている間にだんだん分かるようになりました。生活のテンポがものすごく速い日本で、忙しい毎日を送る日本人にとって、新しい年にいいことがあるように、無事に過ごせるように願うことはそれほど深い意味があったからだと思いました。
あの初詣の日があったからか分かりませんが、私もこれまで何事もなく、無事に過ごしてこれました。今でも東京に行った時は、たまに明治神宮を訪ねて願っています。
|